古希の振り返り(神仏の所在)
- 村岡 明

- 2025年12月31日
- 読了時間: 2分
パートナーとの歩みと同時に始まった
スピリチュアルな世界の知識の
積み重ねと実践(経験)は
不思議な実体験が伴うことで
確信を得ることとなりました
しかしスピリチュアルな知識と経験だけでは
さらなる扉を開ける事は出来なかったと
今に知ることです
それは
起業から倒産に至る四十四年の
経験無くして
スピリチュアルな思考の先にある
精神界との違いに気付く事は
出来なかったと思います
かつての私は
物質界の成長過程が人としての成長と捉え
物質界の成功が人としての成功のように
間違った捉え方をしていました
成長も成功も自分の中にはあらず
支えてくれる周りの人が居てこそです
頭の中では理解しているつもりが
成長に伴い自分を過信する方向へと
思考が傾いてしまいます
勿論私みたいなおバカな
経営者だけではありませんが
経営者に多くありがちな思考でもあります
神仏の所在のないままの思考は
未熟で危険です
かつての私は
365日神仏に手を合わせていましたが
現在との違いは物質界の祈りと
精神界の祈りの違いにあります
「真の神仏」の所在のないままの
精神的な未熟さの中で
多くの人に接して来たことの
恥ずかしさと後悔が残る所ですが
今に繋がるための大切な学びともなりました
パートナーとの暮らしから
スピリチュアルな知識を徐々に得て
経営の中に「神仏の所在」が
加わったことにより
未熟さが原因で招いた
危機状態の根本の改善に至りました
そんな矢先の予期せぬ倒産には
戻ることが出来ない
成長期の大きな投資と
時代背景とが重なった事にあります
かつて私は倒産と聞くと
能力のない人
運の悪い人
可愛そうな人と思い
その人のその後の人生も波乱のイメージとして
捉えていたように思います
しかし
五年間で得たスピリチュアル性の習得は
悲壮感よりはるかに上回る
やり切った充実感と満足感があります
今回のブログの最後にお伝えしたいのは
これまで述べた物質界での勘違いと同様に
一般的に思われがちな
スピリチァル性の中にある勘違いです
この両方の気付きによって
「神仏の所在」と言う言葉があることを
重ねてお伝えしたいと思います
「神仏、パートナーに感謝」です
次回に続く・・・

2025年12月31日 精霊の森からの雪景色
今年一年のご縁に感謝です
ありがとうございました
良いお年をお迎えください








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